青城SS | ナノ
朝五時の静かな景色。その景色から浮き出るようにして聳え立つ大きな鳥居の奥に、見覚えのある背中を見つけて思わず足が止まった。立ち止まった視線の先、幹の太い桜の木が並ぶ神社は神秘的な光景として目に映る。緑の葉が翻り、光るようにざわめいている反面、敷地内は日の光の侵入を許さず薄暗い。そんな場所に、そいつは立っていた。

「ちょっと、何してんの」

ゆっくりと振り向いた青白い顔。ナマエはちっとも驚いた顔をせずに、「びっくりした」と小さな唇を動かした。

「徹こそ何してるの。てかそこ、暑くない?」

俺が異質だと言いたげな声。その声色に眉間の辺りが震えた。けれどひなたが暑いのは事実で、こちらにぶつかる視線をたどるようにして鳥居をくぐると、涼やかな風が頬を撫でた。肌寒いくらいの場所で俺を見据えるナマエの視線に、妙な緊張感が背筋を這いずる。それは久々に顔を合わせたせいか、それともこの場所の空気のせいか。そんな俺をよそにナマエは、息を弾ませた俺の頭のてっぺんから爪先までを眺めて「ああ、ランニング」と、勝手に納得したように呟く。

「まあーね。いつもの日課ですから」
「へー。こんな朝早くから。スポーツマンみたいじゃん。朝日より眩しーね」
「みたいじゃない。アイ・アム・スポーツマン!」

え、なにそれダサ。そう言って小さく笑った。その笑い方が涼しげな神社によく似合っていて、なんだか悔しいくらいに腹が立った。

「で? ナマエは何してんの」
「私もそんな感じ」
「そんな感じって、どこが? それ、中学の体操着じゃん。絶対部屋着だろ」

袖口から伸びる腕も足も日の光を嫌っている色をしていて、運動どころか外出だってしていないのがわかる。

「太陽の光を拝みに来たの」
「は?」
「最近、昼夜逆転してて」
「どうせ引きこもってゲームでもしてるんだろ」
「そう。そしたらお母さんに太陽の光浴びて、体内時計直せって言われて」
「ふーん? それで寝る前に散歩をしに来たと」
「ご名答」

よくわかったね、と今度は本当に驚いた顔をする。そりゃお前と何年幼馴染みやってると思ってんだよって話。

「それじゃーこれはわかるかな」
「え、なに。変なことするのやめてよね」
「別に変なことじゃない。目、瞑って」
「は? なに。なんで?」
「いいから」

ほら、早く。そう言って俺を見上げる。無駄に強い目力に昔から俺は逆らえない。なんでかノーと言えなくなる。だから仕方なしに目を閉じた。そうすると視界が失われたせいか、急に木々のざわめきが大きく波打つようにして鼓膜を揺らした。そしてナマエの動いた気配と、靴底の擦れる音。なにをする気だと意識を耳に集中させたその時、不意に手を握られて思わず目を開けてしまった。

「なんで目開けるのよ」
「な、なんでって! なんで急に、」

手なんか握るんだよ。そう言いたかったけれど、自分の手のひらに乾いた音を立てて転がる物を見て、ギャアなのかキャアなのか。気づいたときには、自分の声とは思えない悲鳴が神社に響き渡っていた。

「あは、あはは!」
「お、お前! マジで!」
「あーあ。徹のせいでどっかいっちゃったよ」
「セミの脱け殻握らせるって! なに考えてんだよ!」
「いやー、昔はじめと嫌がる徹の背中にセミの脱け殻くっつけて遊んでたなと思い出して」
「あったね! ありましたね! そんなことも! 親に習わなかったのかな!? 人の嫌がることはやめましょうって!」
「んー? でも小さいときって好きな子をいじめたくなるもんじゃん」
「はあ? なに男子小学生みたいなこと言ってんだよ」

ほんとあり得ない。好きな子いじめるって。好きな子いじめるって、……好きな子?

「え、ちょっとナマエ?」
「あーダメだ。眠すぎる」
「ねえ、ナマエさん?」
「徹まだ走るの?」
「いや、もう家に帰るところって、おい!」
「なら一緒に帰る?」

だから、おいって。お前さっき自分で何言ったかわかってんの? どういうつもり? そう問い質したかったけれど、俺をまっすぐに見上げる視線に何も言えなくなってしまった。

「……あぁ、ほんとにさぁ」
「なに?」
「なんでも! ほら、帰るよ。暑くなる前に!」
「手でも繋ぐ?」
「はあ!?」
「暑いからやめとこうか」

俺に手のひらを向けてぱくぱくと、開いて閉じて。開いて閉じて。そうやって動く生白い手を握り、神社の外へでた。鳥居の外は別世界みたいに暑くて、握った手から順に全身が暑くなる。クソ、走ってきたときよりも汗をかいている。でもそれは時間が経過して、太陽が空へ姿を表したから。それよりなにより、今がバカみたいに暑い夏だから。ナマエの手が想像より小さいのも、折れてしまいそうな細さなのも、それを可愛いだなんて思ってしまうのも、全部全部、そのせいだ。

夏のせい。

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